【コロナ禍の留学】緊急帰国体験談のシェアとこれから留学するみなさんへ

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こまち
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こんにちは😊こまちです。

かなり久しぶりの更新になってしまいました(^_^;

新型コロナウイルスの影響で早期帰国をせざるを得なくなり、情報収集に追われた3月、帰国からの2週間の隔離で終わった4月、留学の未練から抜け出せない5月を過ごし、ようやく6月には前向きにバイトを始めました。

今回のブログでは、コロナ禍の緊急帰国について感じたことを書いていきます。

今後留学中に予期せぬ事態に巻き込まれた際に、参考にしていただけたら嬉しいです(^^)

   

感染症危険度レベル

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感染症危険度レベルの推移が以下になります。

ここでは、国・地域で最初に感染症危険度レベルが発表された日と全土でレベル2以上に引き上げられた日を取り上げます。

一部地域名に省略等あります点、ご理解ください。

感染症危険度レベルの推移(レベル2以上を記載)
  • 1月24日
    中国湖北省全域レベル3

  • 1月31日
    中国全土がレベル2以上に
  • 2月25日
    韓国の一部でレベル2

    韓国・大邱広域市及び慶尚北道清道郡

  • 3月1日
    イタリア北部でレベル2

    ロンバルティア州、ヴェネト州、エミリア=ロマーニャ州

  • 3月6日
    韓国全土でレベル2に
  • 3月9日
    イタリア全土およびバチカン市国レベル2以上に
  • 3月12日
    スイス・スペインの一部がレベル2

    スイス・スティーノ州、スペイン・マドリード州、バスク州など

  • 3月17日
    欧州の多くの国がレベル2以上に
  • 3月22日
    米国全土がレベル2
  • 3月25日
    全世界に対してレベル2を発令

新型コロナウイルスが騒がれ始めたのが1月下旬だったと記憶しています。

中国・武漢での感染拡大により、日本からもチャーター便を飛ばし、邦人帰国をさせたのはTwitterで見ていました。

「中国だけの話だし、こっちまで感染拡大しないだろう」

これが当時思っていたことでした。

  

2月上旬はイタリアに、3月上旬にはドイツにバレーを見に行きました。

イタリアでは私旅行した10日後くらいから感染拡大し始めましたが、ギリギリ運良かったな~程度の関心。

3月のドイツは少し感染は怖かったものの、旅行したさが勝ち、マスクなしで出歩いていました。

   

しかし、3月中旬から事態が悪化し、欧州でもレベル1、2が立て続けに発表されました。

レベル2以上になると日本の大学からの帰国指示により、帰国する学生も多かったです。

   

滞在か、帰国か。~揺れ動く心~

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実は、ヨーロッパでも感染が拡大し始めた3月上旬、絶対にイギリスに残る!と決めていました。

そんな私が帰国を決意した理由はいくつかあります。

  1. フラットメイトが全員帰国したこと。寮生の9割以上は退去していた。
  2. 4月中旬までに退寮すると、寮費が返金されること。
  3. イギリスの授業が学期末までオンライン化されること。
  4. 帰国してもトビタテ奨学金を受給できること。

最終的には、大学からの帰国指示が1番の要因ですが、このままイギリスにいても外出もできないし、いる意味ある?と考え、帰国を決意しました。

帰国を決めても、なお続く困難たち

building interior photograph

3月31日に帰国を決意しました。

日本へのフライト予約、空港からの交通手段、隔離場所(ホテルの予約)、パッキング、、、やることは山積みでした。

4月から、JAL、ANA、ブリティッシュエアウェイズともに減便することは知っていたのですが(それでも帰国したくなかった)、大手航空会社な上に直行便なので、まず値段が高い

約15万のチケットを泣く泣く予約しました。

(イギリスはヒースロー空港から羽田空港に直行便が飛んでいたので安心でした。そもそも直行便がない国に留学している人は、早めに帰国している印象でした。)

    

今回ギリギリまで親と相談したのが、帰国後2週間の隔離についてです。

地方(秋田県)出身のため、迎えに来てもらうことは難しそうだし、ホテルは高額&帰国者であることを伝えると断られる。

さらに”要請”なのに違反すると罰則を科される、、、。

    

最後まで悩みましたが、2週間東京で隔離を選択しました。

  

別れの時。

未練を残しまくりながらも帰国の時です。その様子がこちら↓

シェフィールドからロンドンまで、電車を乗り継いできたのですが、その際人には全く会わず。

たぶん、電車に乗っていたのは私だけです。  

   

ヒースロー空港の様子です。

がらがらのセキュリティ(左上)、16時台なのに残り7便のフライト(上段中央)、がらがらのロビー(右上)、お店の様子(下段)です。

このとき開いていたお店は、薬局とコンビニのみでした。

    

飛行機も4列シートを独り占めでした。

大人になったら直行便で旅行したい!という夢を不本意ながら叶え、日本に到着です(T-T)

    

待ち構えるPCR検査・2週間の隔離

white and red plastic tools

ここからが本番と言っても過言でないほど大変だった、日本国内での動きになります。

着陸からその後の動き

着陸(14時すぎ)から降機まで約1時間。

PCR検査が終了したのはさらに1時間半後(16:30)。

しかもこの時点で、政府が用意してくれたホテルに宿泊できるか、空港内待機かはわからず…

さらに1時間後の17:30ホテルへ移動のアナウンスが!

預け入れ荷物を受け取り、バスに乗車。ホテルに着いたのは、20時前後でした。

入国後もまとまって行動するので、荷物を宅配するなどの時間はありませんでした。

  

着陸から6時間もかかりました。 

   

この間、自販機はあるので飲み物を買うことができますが、食べ物は購入できなかったので、何か食べるものを機内持ち込みの荷物に入れておくといいかもしれません!

    

政府指定のホテルで2泊3日検査結果待ち

ありがたいことに、政府指定のホテルで件結果を待つことができました。

防護服を着た職員さんが、バスでホテルまで送ってくれました。

バスは座席にもシートがかけられていて、帰国者は両端窓際に座ります。

 

ホテル内では、ルームキーが渡されないので一切部屋の外に出ることができません。

お弁当の受け取りは部屋の前に置かれたテーブルを介して行います。

私たち帰国者と一切会わないにもかかわらず、担当の方は防護服・手袋を着用していました。

   

帰国翌日、17時半ころ。ホテルスタッフより、部屋の電話を通じて陰性の連絡を受けました。

   

帰国翌々日の朝10時ころから退去でした。

羽田空港や品川駅行きのバスが用意されていました。

2週間の隔離

2週間、ずっと室内にいたので時差ボケが治らないのが1番つらかったです(T-T)

(時差ボケに関しては実家に帰ってからもしばらく治らなかった、、、)

留学先の大学の授業がオンラインであったので、授業を受けたり、課題をしたり。

とは言ってもかなり暇だったので、オンライン飲み会はよくやっていました。

  

そんな2週間を過ごし、実家の秋田へ。

GW前だったからか、思っていたより乗客がいた印象でした。

  

来秋後も2週間は家にこもっていたので、帰国前から約2ヶ月近く引きこもりをしていましたね(^_^;

   

コロナ禍の緊急帰国から思うこと

こちらの写真をご覧ください。

左が私が帰国した4月中旬、右が3月下旬に帰国した友達からの羽田空港の様子です。

3月中旬は、14日間の隔離も要請であり、帰国者に対する受け入れた体制も整っていない印象でした。

空港での様子も”三密”そのものだと感じます。 

4月以降は徐々に体制が整い、密もなく、空港内も比較的安全に過ごせました。

  

大学からの指示には従うことがベストだと思いますが、体制が整うのを待つのも1つ手かもしれません。

(ただし、フライトは減少・価格は高騰します)

   

これから留学するみなさんへ

man sitting on chair inside library

「留学って華々しい!」

「留学に行ったら変われる!」

そんなイメージを抱いている方も多いかと思います。

実際に私も留学は特別なもので、留学に行ったら何かが変わる、やりたいことを見つけられる。と思っていました。

  

始めて留学してみて、海外で過ごしてみて思ったのは

”なんかあっけない”

という感覚でした。

  

だから、これから留学に行くみなさんには1日も無駄にして欲しくないな、と思っています。

特に人との出会いは大切に。

英語や他言語を伸ばすきっかけにもなるし、留学中であった日本人には支えられます。

  

留学のイメージは華々しいけど、活動のフィールドが海外ってだけで自分から動かないと日本にいるのと変わらないので。

オンライン留学も今後可能性としては出てきちゃうのかな?と考えることもあります。

  

今後の見通しが立たず、留学がキャンセルになった方もいらっしゃると思いますが、

なんとか前を向いて、また留学できる日が1日でも早く来ることを願っています。

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